キャズム理論とその特徴
キャズムは、ハイテク企業向けのマーケティング・コンサルタント会社「キャズム・グループ」を創設したジェフリー・ムーア氏の唱えた理論で、一般的に「キャズム理論」と呼ばれています。ちなみにキャズムには、「割れ目」・「深い溝」・「大きな裂け目」などといった意味があります。
キャズム理論を簡潔に説明すると、市場は商品やサービスの提供当初の「初期市場」と、一般利用者を取り巻く「主流市場(メインストリーム)」とに分けられ、この初期市場と主流市場との間には大きな隔たり(キャズム)があるという理論です。
つまり、商品やサービスを広く展開していくためには、初期市場と主流市場との間に横たわるキャズムを乗り越えなければ市場開拓も叶わず、主流市場での展開に失敗してしまうということです。それを理論化したものが、キャズム理論なのです。
元々はハイテク企業向けに提唱された理論ですが、現在ではハイテク企業だけに限らずさまざまなビジネス分野で活用されています。
●五つの消費者カテゴリーを理解する
キャズム理論を理解するためには、米国のイノベーション学者エベレット・ロジャーズ氏の提唱した、イノベーション普及理論について知っておく必要があります。
ロジャーズ氏は、技術革新(イノベーション)をその性質によって五つのカテゴリーに分類しました。これは「イノベーション採用者カテゴリー」と呼ばれますが、わかりやすく言えば消費者カテゴリーを5段階に分類したものとなります。
その分類とは以下のとおりです。
・イノベーター
・初期アダプター
・初期マジョリティ
・後期マジョリティ
・ラガード
これらのカテゴリーに属する消費者はそれぞれに異なる購買心理を持つため、一貫したマーケティング手法では通用しません。カテゴリーごとに違う購買心理を見極めながらマーケティング手法を用いていくことが求められるのです。そして、この五つの消費者カテゴリーのうち、イノベーターと初期アダプターが「初期市場」、初期マジョリティ以後が「主流市場」に分類されます。
・イノベーター
イノベーターは、その商品やサービスに対して革新的な心情を持ち合わせている消費者のことです。先進性があり豊富な専門知識を持ち合わせていて、いわゆるマニアと呼ばれるような人たちが該当します。
新しい物や知識をすぐに欲しがるため、商品やサービスを市場導入する際にはまずイノベーターの心をつかむことが大事になります。
・初期アダプター
初期アダプターも、イノベーターと同様に専門的な知識が豊富です。しかし、自分の世界に閉じこもりがちなイノベーターとは異なり、初期アダプターはコミュニティやネットワーク上においてインフルエンサー的な役割も担っています。
当然ながら、この初期アダプターが発するメッセージによって、彼らを取り巻くコミュニティにも大きな影響が与えられます。イノベーターの心を惹き付け、初期アダプターに行動を起こさせたいと思わせられるかどうかが、初期市場において重要な意味を持ちます。
・初期マジョリティ
初期アダプターの影響を直接受けているのが、この初期マジョリティのグループです。新しく市場に導入される商品やサービスがどのような技術革新をもたらすのか、などといったことには全く興味がない層です。
彼らが重視するのはあくまでも実利的な部分のみで、たとえば作業効率化やコスト削減など、目に見える形で成果を得られるかが導入の判断材料になっています。
・後期マジョリティ
後期マジョリティのグループは、言い換えれば保守層です。新しい技術革新をなかなか受け入れられない特徴を持ち、イノベーションそのものに対しても懐疑的な目を向けてきます。
しかし一方的に否定するわけではなく、新しい商品やサービスが各所で導入されはじめるとそれを導入するかどうかの検討をはじめます。つまり、懐疑的であるあまり行動が遅くなるタイプの層とも言えます。
後期マジョリティは消費者全体に占める割合も大きいため、一度彼らに受け入れられれば一気に普及率が高まります。
・ラガード
ラガードは五つのカテゴリーにおいて最後に位置するグループで、後期マジョリティよりさらに行動の遅い消費者が属します。
とにかく、確実にメリットを受けられなければ新しい商品やサービスに対して見向きもしないのが特徴で、保守の中の保守とも呼べるグループです。
●三つの裂け目のうち最大のものがキャズム
これら五つの消費者カテゴリーのうち、イノベーターと初期アダプター、初期アダプターと初期マジョリティ、初期マジョリティと後期マジョリティの間に割れ目(深い溝)があるとされます。その中で最も大きい割れ目が初期アダプターと初期マジョリティとの間にあり、つまりそれがキャズムと呼ばれるものになります。
キャズムにはまってしまう理由とは
キャズムを含む各割れ目は、すなわちそれぞれの消費者層における顧客心理の違いを表します。
特に、キャズムによって隔てられている初期アダプターと初期マジョリティの顧客心理は全く異なっているため、それを把握できていないことがキャズムにはまってしまう最大の要因です。
●初期市場と主流市場の違いを理解できていない
キャズムによって阻まれている初期アダプターと初期マジョリティとの間は、それはそのまま初期市場と主流市場の間に該当します。両者の間では、絶望的なほど購買心理が異なるのです。これを理解できていないと、知らず知らずのうちにキャズムにはまってしまいます。
初期市場だけであれば、イノベーターや初期アダプターなどの先進的・革新的な層を中心としたマーケティングでいいのですが、主流市場ではそうしたマーケティングが功を奏さないのは当然です。主流市場ではその購買心理に沿ったマーケティングが必須になります。
●初期市場と主流市場とでは異なるマーケティングが必要
初期市場で好調だったにもかかわらず、そのままのマーケティング手法で主流市場に乗り込んでしまったことで失敗してしまう例はたくさんあります。
初期市場に含まれているイノベーターや初期アダプターの場合、その商品やサービスの使い勝手に多少の難があったとしても、そこに秘められた斬新さや先進性にこそ魅力を感じているため、その心理を刺激するだけで購入心理が働きます。
一方、主流市場となると初期マジョリティはとにかく実利重視です。斬新さや先進性は二の次三の次で、とにかく使い勝手にこだわっています。そのため、実利主義者の待ち受ける主流市場へ移行する際には、消費者の目に見える形でメリットを提示することはもちろん、利用しやすく親しみやすいユーザーインターフェース(UI)を準備しておくことも大切です。