今回のマーケティング関連のお薦め本:「パーセプション 市場をつくる新発想」
「認知されているのに売れない」現象の正体を、“どう思われているか”で解き明かした1冊。ネオマーケティングのストラテジックリサーチ部 部長 吉原慶がマーケティングやブランディングの実務にすぐ使える、視点転換の一冊を推薦します。
推薦図書「パーセプション 市場をつくる新発想」
<今回の推薦図書>
『パーセプション 市場をつくる新発想』(日経BP)
著:本田哲也
https://amzn.asia/d/j9t97qM
本書は、PRストラテジストの本田哲也氏が、現代のマーケティングにおいて重要性を増す「パーセプション」——商品・ブランドに向けられる認識——について解説した本です。
P&Gや資生堂、森永製菓、ワークマンなどの15の具体事例をひきつつ、パーセプションが生まれるメカニズムや、5段階の活用ステップ(つくる・かえる・まもる・はかる・いかす)を紹介。マーケティング界隈では発売前から話題を集めていました。
こんな方におすすめ
・ブランドの立ち上げ・育成・衰退防止に携わる人
・マーケティングに携わる人
・プロダクトやサービスのコモディティ化から脱却したい人
この本の紹介者

吉原 慶
マーケティング会社を経て、上場企業のマーケティングリサーチ会社に移籍。 リサーチャーのチームを立ち上げ、マネージャーとして後進の育成や社内外での勉強会やセミナーの開催、新サービスの開発を担当。 2022年ネオマーケティング(エキスパートグループ)にジョイン。その後リサーチャーのグループを立ち上げ、部を新設。現在はストラテジックリサーチ部の部長としてリサーチの価値・役割の再定義や、AIとマーケティングリサーチをテーマに、業務効率化や顧客理解への活用に挑戦している。
「認知の前に認識」の重要性を示す1冊
本書タイトルにある「パーセプション」とは、生活者が抱く「認識」のことを指します。本書は、「認知はされているのに売れない」という現象の本質を、パーセプションというキーワードを通して解き明かす一冊です。
「認知」から「認識」へと発想を転換することの重要性を説いており、斬新な発見というよりも、「なるほど」「やはりそうか」と深い納得を得られる内容でした。
これまでもクライアントに対して「認知は重要ですが、それだけでは課題は解決できません」と伝える機会は多くありました。ただ、その説明がどこか抽象的で、論理的に裏づけることが難しい場面もありました。本書の存在により、その論拠が明確になり、「本書でも指摘されている通り」といった説明ができるようになったことでクライアントへの伝わり方が大きく変わったと実感しています。
また、ご提案に対して「その考え方は非常に良い」「まさにやりたかったのはそれだ」といった反応をいただけるようになり、自信と確信につながりました。
現在、弊社では生活者によるカテゴリーの認識を独自に調査し「パーセプションレポート」としてまとめるほか、「カテゴリー・パーセプション ラボ」という研究プロジェクトも立ち上げ、カテゴリー理解への取り組みを強化しています。
「まずはカテゴリーの認識を変えることが、結果的にブランドの価値を変える」という考え方を弊社の独自スキームとして確立できたのも、本書が後押しとなっているように感じます。
弊社に寄せられるご相談の多くは「認知度が低いため、改善したい」というものです。つまり、クライアントの多くが「認知が高まれば売上も上がる」「売れない原因は認知度の低さにある」と考えています。
しかしながら、認知を高めることは容易ではありませんし、仮に認知が向上したとしても、それが売上向上に直結するとは限りません。「認知が低いので、認知を上げる施策をご提案します」といった商談がただ繰り返されるだけでは、本質的な課題解決には至りません。
「認知の前に認識を」「ブランドの前にカテゴリーを」という段階を関係者全体が理解し、それを促す働きかけこそが、調査会社に求められる重要な役割です。その意味でも、本書は事業会社のブランド担当者のみならず、調査・リサーチ業務に従事する方々にとっても必読の一冊といえるでしょう。
「森永ラムネ」「chocoZAP」が成功した理由
本書の大きな特徴は、P&Gやワークマンをはじめとする成功ブランドの事例が数多く紹介されている点にあります。どのように社会的な認識(パーセプション)を設計し、浸透させてきたのかを明らかにし、なぜその商品・ブランドが選ばれたのかを構造的に分解しているため、実践的かつ示唆に富んだ学びが得られます。
本書に登場する事例で特に印象深かったのは、森永製菓の「大粒ラムネ」に関する事例です。2013年頃、既存商品の「森永ラムネ」がSNS上で「二日酔いに効く」と話題となったことを契機に、大人向けの商品としての開発がスタートしました。
途中では失敗もあったようですが、認知度85%という高いブランド資産に加えて、「二日酔いに効く」「集中力が高まる」といった新たなパーセプションが加わったことで、そのギャップが市場における新鮮さを生み出し、大ヒットに至ったとのことです。
森永ラムネは、多くの方にとって子ども時代から親しみのある、コンビニやスーパーで日常的に目にする定番商品です。視点を変えるだけで、これほどまでに商品に対する認識が変わるのかということを、改めて実感させられました。
このように、本書に掲載されている15の事例を通じて、ヒット商品やサービスの背景にある「空気の変え方」や、「ターゲット」「市場」を再定義するための思考トレーニングが可能となります。そして、パーセプションに対する理解が深まることで、私たちの周囲にある身近な商品・サービスの見え方にも大きな変化が生まれます。
というのも、話題となっている商品やブランド、あるいは注目を集めているアイテムの成り立ちを振り返ってみると、「これは、カテゴリー全体に対するパーセプションの再設計がなされた結果ではないか」と思い当たるケースが多くあるためです。
たとえば、「結果にコミットする」で知られるRIZAP株式会社が展開する新業態「chocoZAP(チョコザップ)」も、そのひとつに挙げられるでしょう。
chocoZAPの公式ウェブサイトでは、「ジムの常識を変える」というタグラインが掲げられており、利用に際しては着替えやシューズなどの持ち物が不要で、全店舗で共通利用が可能とされています。これにより、仕事や家事の合間の隙間時間でも気軽に運動でき、無理なく習慣化できるというメリットが訴求されています。さらに、月額料金は約3,000円とリーズナブルで、申し込みもオンラインで完結する仕組みです。
こうした訴求内容は、「準備が大変」「時間がない」「続かない」「月会費が高額」「入会手続きが煩雑」といった、従来型のジムに対するネガティブなパーセプションを巧みに反転させたものであると言えるでしょう。
つまり、chocoZAPは「ジム」というカテゴリー、さらには「運動」というカテゴリーに根強く存在する負の認識を丁寧に拾い上げ、それを解消するかたちで新たな価値を提示した事例です。最低限の設備さえ整えば始められるシンプルなビジネスモデルですが、いままで誰もそれを行ってきませんでした。結果的に、RIZAPグループがいち早くその可能性に着目し事業化したことで、先行者利益を得ることに成功したわけですが、この着眼点には大いに学ぶべきものがあります。
振り返ってみれば、「確かに、それはそうだ」と思えることでも、他よりも早く着手することで先んじた優位性を得られる可能性が高まります。本書のタイトルにもある「新しい市場をつくる」という発想には、「認識」や「カテゴリー」に対する深い洞察が不可欠なのです。
認知が広がり、認識の変化が起こり、行動が変わる
認知が重要であることは疑いようがありませんが、認知を単体で考えるのではなく、「どのような認識のもとで認知されるか」という視点を持つことが不可欠です。すなわち、「認識」と「認知」は切り離して捉えるのではなく、「認知」と「認識」を一体として設計すべきです。
この点について、『パーセプション 市場をつくる新発想』では「PRのピラミッド」として体系的に示されています。ピラミッドの最下層には「パブリシティー(情報の露出)」が位置づけられており、そこから「認知」が広がり、次に「パーセプションチェンジ(認識の変化)」、そして最上層には「ビヘイビアチェンジ(行動変容)」があると説明されています。
行動変容をいきなり目指しても成果は見込めませんし、単に情報を発信して認知度を高めるだけでは十分とは言えません。必要なのは、「認知を高めながら、同時に認識も意図的に形成していくこと」(p68)です。
この「PRのピラミッド」の構造が有効に機能した好例として、大塚製薬の「ポカリスエット」が挙げられます。広く知られた事例ではありますが、仮に同製品が「スポーツドリンク」としてのみ認知されていた場合、その利用シーンは限定的になっていたことでしょう。
しかし、ポカリスエットは、スポーツ時に限らず、学生の放課後や冬場の乾燥対策、入浴後の水分補給など、日常のさまざまな場面において想起されるブランドとして浸透しています。
「水分・イオン(電解質)をスムーズに補給する」という機能は一貫しているものの、それが必要とされる状況は実に多岐にわたります。「寝起きにポカリ」「二日酔いのときにポカリ」といった認識とともに認知が広がることで、想起されるシーンが増加し、結果として購入機会の拡大につながりました。
認知の重要性は言うまでもありませんが、それ以上に、「どのような認識とともに認知されるか」という視点が、売上やブランド価値向上に直結するのです。
優位性を発揮できる「競争次元」をどう選定するか
「認知」と「認識」を一体として設計することは、商品やブランドが属するカテゴリーのパーセプション設計に直結します。言い換えれば、それは「どの土俵で競争するか」を定めることに他なりません。
我々は、商品やサービス、ブランドがどのような競争領域で優位性を発揮するかを「競争次元」と呼んでいます。たとえば、カテゴリー内で求められる価値を軸とするのが「価値競争」、ブランドそのものの魅力が選定理由となる場合は「ブランド競争」に該当します。
「癒されたい」「自分にご褒美をあげたい」などの感情的欲求に応えるのが「気持ち競争」、「〜したい」という目的や機能によるものが「メリット競争」と位置づけられます。
この「競争次元」をいかに選定するかは、戦略上きわめて重要です。今日の市場において、競合は「同じ棚に並ぶ他社商品」にとどまりません。たとえば、大塚製薬のポカリスエットが「熱中症対策」という価値競争の文脈で語られる際、その競合は麦茶やスポーツドリンクにとどまらず、塩分タブレットや塩飴、ネッククーラーなど多岐にわたります。
仮に「スポーツドリンク」や「清涼飲料水」といったカテゴリー内の競争に留めれば、それは単なるブランド間競争となります。しかし、視点を広げて「熱中症対策」という目的に基づくカテゴリーで再定義すれば、価値訴求の可能性は大きく広がります。
今、売場で隣に並ぶ商品だけを競合と見なす発想からの脱却が求められています。たとえば、コンビニエンスストアの棚に並ぶあらゆる商品が、顧客の選択肢として競争対象となりうるのです。
すなわち「どの競争次元で戦うのか」という視点を持つことで、カテゴリーの枠組みを再定義し、ターゲットを拡張し、購入機会の創出につなげることが可能となります。そしてその起点となるのが「そもそもカテゴリーをどのように規定するか」という問いなのです。
ネオマーケティングのタグラインの意味
ネオマーケティングのコーポレートサイトのトップページには、「すべては相談から始まった」というタグラインが掲げられています。クライアントが私たちにコンタクトを取る際、その目的は単に「手段」を得ることではありません。クライアントが本当に価値を見出しているのは、「相談できる相手がいること」です。
私たちは、マーケティング支援を中心としながら、リサーチ、広告・PR、コンテンツマーケティングといった多様な機能を備えています。これらを包括的に活用することで、クライアントから寄せられるさまざまな課題に対して柔軟かつ的確に対応することが可能です。
仮に「リサーチ会社です」「PR支援も可能です」といった表現にとどまれば、競合はリサーチ会社や広告代理店といった既存の枠組みに限定されることになります。しかし、私たちはそれらを超えて、より広範な「相談相手」としての立ち位置を目指しています。
「すべては相談から始まった」というタグラインには、「どのようなことでも気軽にご相談ください」「御社の最も身近なパートナーとなります」というメッセージが込められています。これは単なるキャッチコピーではなく、既存カテゴリーの枠を超えた存在になるという意志の表明でもあります。
書籍『パーセプション 市場をつくる新発想』では一貫して、「認知偏重から、パーセプション(認識)重視への転換」が語られています。私たちネオマーケティングは、この思想を「カテゴリーの再設定」という実践的アプローチに落とし込み、日々の提案活動に組み込むと同時に、自らのブランド戦略にも反映させているのです。
吉原 慶に相談する