マーケティングリサーチでよく用いられる定性調査の1つに、エスノグラフィー(訪問観察調査)があります。この記事ではエスノグラフィーとはどのような調査か、実施する流れや、具体的な活用事例などをお伝えします。
エスノグラフィーについて動画で知識を深めたい方は、以下のアーカイブをぜひご覧ください。
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エスノグラフィー(訪問観察調査)とは
■概要と定義
エスノグラフィー(訪問観察調査)とは、定性調査の1種です。調査員が生活者の生活環境に身を置き、生活者と行動を共にすることで、生活者を深く理解しようとする調査手法を指します。
エスノグラフィーはギリシア語のethnos(民族)、graphein(記述)に由来し、もともとは文化人類学や民族学の分野で主に用いられてきた研究手法です。調査対象となる民族の文化を解き明かすことを目的として、対象の民族と行動を共にして風習や行動様式などを詳細に記録する手法でした。
■ビジネス領域における活用
近年では新たな課題を発見する手段として、マーケティングをはじめ、人材育成やマネジメントなど、ビジネスの領域にも取り入れられるようになりました。
生活者の購買行動は潜在意識に基づいて行われることが多く、生活者自身ですら理由の言語化が難しいことがあります。
エスノグラフィーでは生活者の日常の行動や何気ない言動を観察する中で、生活者自身も言語化できない潜在意識やニーズを探り、商品・サービスの開発やマーケティング施策に活かすことを目的に行われます。
なぜ「観察」が重要なのか
エスノグラフィーによる「観察」は、潜在ニーズやインサイトを探りたい場合に特に重要です。
定性調査にはデプスインタビューやグループインタビューといった、観察ではなくヒアリングを通して情報を得るインタビュー調査もありますが、潜在ニーズやインサイトまで探ることは困難です。
通常潜在ニーズやインサイトは、その人自身も意識できない心の深い層にあるニーズや思いを指すため、それ自体を意識して言語化することはできないからです。
インタビュー調査においても、心の深層にアプローチできるよう工夫をしますが、多くの場合、インタビューで得られる情報は顕在的なニーズに留まる傾向があります。
潜在ニーズやインサイトを探るためには、「観察」を行い、言葉として表出されない非言語情報を深く分析することが必要です。
エスノグラフィーの使いどころ
前提として、エスノグラフィーは実施難易度が高い調査です。
観察対象を一定期間観察し続ける、または観察対象と一定期間行動を共にする必要があるため、気軽にできる調査ではありません。
それでもエスノグラフィーを実施するのは、ターゲットの生活者の琴線に触れるようなマーケティングを行う上で、行動を共にするからこそ窺い知れる領域が確かにあるからです。
例えば、以下のような場面で実施されます。
・対象者の一日のライフスタイル・行動を観察する
・対象者が利用するマーケティングチャネルでの行動を観察する。
・商品購入の現場に同行して、店頭での動き方、商品選択の理由を口頭で教えてもらう。
・対象者の家で普段通り商品・サービスを使用してもらいながら、適宜インタビューを行う
エスノグラフィーを行う3つのメリット
続いて、エスノグラフィーを実施するメリットを3つご紹介します。
メリット1|リアリティある情報に多く出会える
たとえば洗濯用洗剤や掃除機、洗濯機などは、日常的に消費者の自宅で使用され、消費者の生活と密接に関わり合う製品です。
実際の現場でどのような利用のされ方をしているか、企業のきれいな会議室で考えていても、なかなかリアリティを持って理解することはできません。
大きなメリットとしては、実際に消費者の生活や自宅の環境を目で見て、製品の課題や強みを確認できる点にあるといえます。
メリット2|潜在ニーズや新しい仮説を発見できる
固定観念に捉われず、新しい視点で潜在ニーズや仮説を発見できることもメリットに挙げられます。
たとえば食料品ブランドのHEINZ(ハインツ)のケチャップのボトルはキャップが下にあり、上下が逆さまになって売られています。
これは調査員が消費者の自宅を訪れて観察した際、入れ物を逆さまにして底を叩きながらケチャップを取り出しているということがわかり、「予め逆さまになっているケチャップのボトル」という潜在的なニーズの発見に至ったといわれています。
さらに、ケチャップの残りが少なくなってきた消費者は、逆さにして冷蔵庫で保管していたのです。中身が満タンのケチャップを眺めているだけでは得られなかった発見といえるでしょう。
メリット3|消費行動に至る背景を理解できる
商品・サービスの評価は売上という数値に表れます。
しかし、売上が良かったとしても悪かったとしても、なぜ購買に至ったのか・至らなかったのかといった背景は、顧客の心理を調査する側が読み取って想像しなければなりません。
エスノグラフィーを行えば、その製品を消費者がどのように利用しているのか、なぜ利用しているのかを、消費者の行動や置かれている環境から、より具体的に想像して理解することができます。
消費行動に至る背景を探る材料が、エスノグラフィーでは豊富に揃うのです。
インタビュー調査との違い・使い分け
■分析対象の違い
インタビュー調査では、対象が発言した「言葉」が分析対象です。
一方エスノグラフィーでは、「言葉以外の情報」が主な分析対象です。
例えば、生活者の普段通りの行動、生活者が暮らしている環境、普段使っているものなど、その生活者の理解につながるあらゆるものが分析対象になります。
■使い分け
インタビュー調査は既存の商品についての改善点や、既存商品の詳しい使用方法など、対象者が言語化できる情報を得たい場合に適しています。
エスノグラフィーは、生活者自身も把握していない潜在ニーズやインサイトを探りたい場合に適しています。
新商品の開発や新サービスの開発、新事業開発など、「新しい」ものを開発したい場面でよく利用されます。
エスノグラフィーを実施する流れ
次に、エスノグラフィーを実施する流れをご説明します
1. 調査設計
まずは調査の目的に沿って、どのような調査対象者を抽出したいか、どのような生活状況に寄り添うか、そして得た情報をどう活用するかなど、調査の設計を行います。
何を明らかにすべきか仮説を立てて臨むケースと、仮説がない状態から行うケースの両方があります。
2. 調査対象者の募集と選定
調査対象者を選定します。
通常のマーケティングリサーチでは、一般的な方を対象として行われますが、エスノグラフィーではヘビーユーザーやアンチユーザーなど、極端な思考を持つユーザーに対して行われる場合もあります。
そのような市場における極端なユーザーは「エクストリームユーザー」と呼ばれます。
エクストリームユーザーについての詳細は、下記コラムをご覧ください。
エクストリームユーザーに詳しい記事を読む
3. 調査の実施
調査対象者のご自宅など、私生活の環境に調査員が赴き、行動の観察を行います。写真や動画の撮影をしたり、適宜インタビューをおこないます。
エスノグラフィーによって明らかにできる項目としては、以下が挙げられます。
・消費者の潜在的なニーズにつなげられる根拠
・ターゲットとなる消費者の価値観、ライフスタイル
・製品・サービスが利用される環境とそこにある課題・困難
・製品・サービスが利用されている最中やその前後に行われる消費者の行動 など
4. 調査結果の認識合わせ
観察した際の映像記録を見せながら、現場で見聞きした情報を調査員から関係者へ共有します。仮説と照らし合わせながらディスカッションを重ね、結論へと導きます。
5. 調査結果の集計・レポーティング
分析した定性的な調査結果を、報告書として取りまとめます。エスノグラフィーの結果は新製品のアイディアになったり、コンセプトの策定に活用できたり、ターゲットとなるペルソナ像を明らかにしたりと、さまざまなマーケティング活動へと役立てられます。
抑えるポイント
エスノグラフィーを実施する際は、以下のポイントを意識しましょう。
■適切な対象者を選定する
対象者選定において重要なことは、以下の2点です。
・調査目的に適した対象者を設定する
例えば、新商品を開発したい場面で、一般的な生活者を調査対象としても、斬新なアイデアはなかなか得られません。
普通の商品利用方法をいくら観察したところで、企業の想像を超えた気づきは得られないからです。
そのようなときは、市場において極端な人たち:エクストリームユーザーを調査対象とするのがよいでしょう。
条件通りの対象者をリクルーティングする
調査を開始してみると思っていた条件の対象者ではなかった、ということがまれにあります。
対象者の勘違いだったり、条件をよく理解していなかったりして「条件に該当する」と申告することがあるからです。
可能であれば、調査前に電話やビデオ会議で本当に条件に当てはまるか、確認するとよいでしょう。
■仮説や思い込みを捨てる
生活者をありのまま理解するうえで、観察者の仮説や常識はバイアスとなり、新たな気づきを妨げてしまうことがあります。
それらを完全に捨てることはできなくても、ありのままを観察し、事実として受けとりましょう。
安易に決めつけたり、結論づけたりすることは避けましょう。
■調査後の認識合わせを行う
エスノグラフィーで得られる気づきは、参加者によってさまざまです。
どんなに些細な気づきや感想でも関係者間で共有しあうことで、意見が広がり、より深い理解へとつながります。
調査の記憶が鮮明なうちにワークショップを実施し、意見交換と何かしらのアウトプット作成まで行うことがおすすめです。
関係者間で共通認識を持ちやすく、調査後のアクションが明確になりやすいメリットがあります。
エスノグラフィーの事例紹介
次に、弊社でエスノグラフィーを実施いただき、商品開発に活用いただいた事例を紹介いたします。
弊社では、エスノグラフィーを取入れた商品開発のサービス「インサイト・ドリブン」を提供しております。
■株式会社セブン&アイ・ホールディングス様
<事例概要>
- 様々なカテゴリーのブランディングを行っている中で、競合他社のPBと「同質化」しているという課題があった
- エスノグラフィーを実施したことで、これまで見えてなかった課題や発見があった
- エスノグラフィーで得た情報を、ワークショップでインプット・意見交換をして今後の方針を決定した
- 結果、課題を持っていたカテゴリーのリブランディングのヒントを得ることができ、商品開発に活用することができた
エスノグラフィーの結果をいかに活用するか
先程お伝えしたように、ネオマーケティングでは、エスノグラフィーを商品開発に取り入れたサービス「インサイト・ドリブン」を提供しています。
下記の資料では、本サービスを例に、プロダクトアウトではなく、インサイトからモノづくりを行うフローについて紹介しています。ご興味のある方はぜひご覧くださいませ。
また、エスノグラフィーに限らず、定性調査全般的に言えることですが、調査で得た定性情報を活用する難しさは、定量調査の比ではありません。
定性情報は人によって解釈が異なるため、当然そこから導き出す仮説や考察も異なります。
そのため、関係者で1つの結論を決めて調査結果を活かしていく、ということが難しいのです。
わかりやすく、定量的に情報を判断してしまう、とういう罠に陥ってしまうこともよく見られます。
定性情報を効果的に活用するための方法として、ワークショップやデブリーフィングがあります。
この2つをいかに適切に実施することができるかで、調査結果活用の成否は大きく左右されます。
最後に
エスノグラフィーでは顧客と同じ環境に身をおくことで、インタビューやアンケートでは炙り出せない、顧客の潜在的なニーズに迫ることができます。ネオマーケティングでは、定性調査を専門としたリサーチャー・プランナーが調査結果の活用まで伴走します。インサイトやニーズに迫り、より深く生活者を理解したいとお考えの際には、ネオマーケティングにご相談ください。 ■エスノグラフィー(訪問観察調査)サービスページを見る