北の達人コーポレーション 代表取締役社長 木下 勝寿氏
各界で活躍されているマーケターに「マーケティングとは何か」を問う本企画。
株式会社北の達人コーポレーション代表取締役社長で、現役マーケターの木下勝寿さんにインタビューをさせていただきました。
木下さんと言えば、「びっくりするほど良い商品ができた時にしか発売しないこと」をコンセプトに、絶対に利益が出る通販モデルを確立。資本金1万円から一代で時価総額1000億円企業にまで成長させた「経営の達人」です。
書籍やSNSを通じて発信される独自のマーケティング理論に注目が集まる木下さんから、若いマーケターへ実践的なアドバイスをいただきました。
――まずは、木下さんの経歴からお伺いします。大学卒業後はリクルートに入社され、その後、独立されていますが、マーケティングはどこで学ばれたのですか?
マーケティングはすべて独学です。リクルートでは営業などの仕事を経験して、社会の構造や仕組み、BtoBのビジネスの流れなどを知ることができました。あと、求人広告も扱っていたので、ターゲット設定の重要さや設定したターゲットに対してアプローチしていくクリエイティブの作り方などを体系的に学びました。
――独立してからは、さまざまな経験をされたそうですね。無一文になったり、再起をかけて立ち上げた北海道特産品販売サイト「北海道・しーおー・じぇいぴー」で大ヒットを出すも、価格競争へ陥ったり。
ネットビジネスは基本的に「アイディアとスピードが勝負」だと思っていたのですが、検索エンジンの普及によって大きく変わりました。ネットが普及した初期段階では、ネットを使いこなせることが優位性をもちました。当時の我々もそれが上手だったから、ある程度売上を伸ばすことができたわけです。
でも、みんながみんな、検索エンジンで好きなものを探せるようになると、すばやく目立つことはさほど重要ではなくなります。それよりも、比較検討されて最後の最後でしっかり選ばれるものを作るほうが重要で、商品で勝負できないものは駄目だということがわかったのです。
――ECサイト「北の快適工房」ではオリゴ糖「カイテキオリゴ」をはじめ、ヒット商品を次々と開発されています。成功する商品開発で必要なことはなんでしょう?
「手応えベースで考える」ということは重視しています。例えば、事業を立ち上げるとき、世の中のトレンドやニーズ、マーケットの大きさなどから判断し、「こんな商品を出せば売れる」と考える人はたくさんいます。
しかし、それって本当にユーザーがお金を払ってまで欲しい商品なのか?その手応えのないままやっているケースが非常に多いのではないでしょうか。
我々の失敗事例をお話しすると、最初、オリゴ糖がヒットしたわけですが、この商品はリスティング広告で「便秘」のキーワードに連動させて、かなりの数を売ることができました。そこで、検索ワードが多い商材を作ったら売れるだろうと考えたのです。
次に作った商品は疲れ対策のサプリメントでした。「疲れ」で検索すると、「便秘」の4倍くらいヒットします。単純計算ではありますが、「オリゴ糖の4倍売れる⁉︎」と思ったのですが、これがまったく売れませんでした。
――それは、どうしてでしょう?
なぜかというと、「疲れ」で検索している人は、別にサプリメントで疲れを解消しようと思っているわけではないからです。むしろ、「疲れ マッサージ」「疲れ 原因」といったキーワードで検索している。
単純なデータや調査ではなく、商品やコンセプトを見せて「絶対に欲しい!」という手応えベースの話がなければ、事業としては企画になりません。
ただ一方で、これは有名な話ですけれども、宅配ピザが日本でビジネスを展開するにあたって市場調査をしたところ、「日本にはホームパーティの習慣がないからピザは売れない」という結果でした。しかし実際、蓋を開けてみると、「宅配ピザがあるから、ホームパーティをしよう」と、ピザを注文する人はたくさんいた。こうした事例もあるわけです。
結局のところ、大事なのは、ユーザーの「こんな商品があったらあなたは欲しいですか?」「この商品にあなたはお金出しますか?」という確かな手応えです。その確信があれば、市場調査の結果が芳しくなくても商品は売れるし、逆に市場調査でいい数字が出たとしても、ユーザーの「これが欲しい!」がなければ、絶対に成功しません。
――北の達人さんではユーザーの「欲しい」を知る調査手法は確立されているのでしょうか?
調査手法というより分析の仕方ですね。我々もいろいろアンケートを作成しながら、「この数値がこうなったらいける」という法則を見出そうとしてきました。ただ、正直、難しいです。
同じ設問でも人によって受け取り方がまったく違うので、アンケート調査の結果そのものから直接判断はできません。また、「欲しい!」という回答だとしても、欲しい度合いは一様ではありません。
そのため、アンケートの結果に自分たちで分析を加えています。例えば、「この商品を欲しい」と言っている「欲しい度合い」を、フリー記述のコメントから3段階に分けて点数化する、といったことをしています。
欲しい理由には二つあり、それは「自分理由」と「商品理由」です。
例えば、「あなたはこのお茶が欲しいですか?」と尋ねたとき、「このお茶は他の商品に比べてよい茶葉を使っていて優れた商品だから欲しい」というのは「商品理由」です。
一方、自分理由による欲しいは、「私は今、とてものどが乾いている。だからそのお茶が欲しい」というものです。どちらのニーズがより強いかといえば、「自分理由」です。
アンケートでは「商品理由」を良く答えがちなので、あまり信用できません。でも、「私はこれに悩んでいるから欲しい」という答えは信頼性が高いと判断できます。それをフリー記述から見抜いていくのです。
――データの数字だけで判断するのではなく、分析が大切なのですね。
発売前の商品に対する調査はもちろんですが、すでに発売していて、その中で「売れているもの」と「売れてないもの」を同じアンケートにかけることもしています。
「売れているもの」と「売れていないもの」のアンケートの結果を比較して、何か見出せないか検証をします。例えば、「売れているもの」はこういう数字が出るから、アンケートでこの数字が出たらおそらく売れるだろう、とか。今はそんなことを、ずっとやっています。
――木下さんが考える“優秀なマーケター”とは、どんな人でしょうか?
「消費者視点を維持できている人」ですね。その業界に入る前は、自分自身が消費者なので、「こうして欲しい/欲しくない」という判断が客観的にできます。しかし、内側の人になった瞬間、ほとんどの人が社内事情をベースに考えたり、既存の商品を分析して売れるかどうかを考えたり、そんな思考に陥ります。
逆に言うと、優秀なマーケターに勉強なんて必要ありません。消費者目線を維持し続けているだけでいい。新しいテクニックの知識よりも、「でも、消費者の視点から見たらこうだよね」という眼差しがあれば十分です。
その意味で、新入社員がマーケターとしてもっとも優秀な状態だと言えます。新入社員が持っている消費者視点をずっと持ち続けていられる人は、マーケターとして結果を出せますし、出世できると思います。
――どうしたら消費者視点を持ち続けられるのでしょうか。
日常的に自分とは関係ない業種・業界に対して、消費者目線で考えることです。例えば、流行りものに対して「俺は興味ない」では全然ダメで、自分で実際に触れたり、体験したりして「なんでやろ?」と考えるのです。
内側の人ではないので、消費者の観点でしか探りようがありません。どこかのマーケターや専門家が分析した記事を読んで、わかったふうになるのではなく、自分で考えることが重要です。
例えば、『鬼滅の刃』だったら、「キャラクターそれぞれの衣装が印象に残るよな」とか、「大ヒットしたきっかけはアニメ化で、アニメだと刀を振り回す弧の描き方にスキルがありそうだ」といった具合です。
――なるほど。『鬼滅』のヒットについて、そこまで考えたことはありませんでした。
ちなみにですが、アニメーションやゲームは言葉にできない気持ちよさをどれだけ作れるかが重要だと言われていて、『鬼滅の刃』もそれを意識しているように思います。
ゲーム『ストリートファイターⅡ』の大ヒットの理由として、コントローラーの操作性と画面のキャラクターが動くタイミングを徹底的に研究したからという話があります。少し、キャラクターの動きが遅れるように設定されていて、それがプレーヤーにとっては心地よいのだそうです。アニメの『鬼滅の刃』もそれと同じではないかと見ています。
あらゆるものに対して、「自分はこう思う」と考えるのです。「これってなんで売れている?」「こっちのヒットの理由はなんだろう?」「じゃあ、うちの商品ではどうか?」という感じですね。
――勉強熱心な人ほど、さまざまな情報を入れて、理解した気になってしまいそうです。
昔、「花畑牧場」の生キャラメルが流行ったとき、どこかの経済学者が「キャラメルというマーケットが飽和していたところに“生”という新たな市場ができた」みたいなことを言っていましたが、キャラメルは50円〜100円で買える商品ですが、生キャラメルは800円です。キャラメルの代わりに生キャラメルを買っている人なんて一人もいません。そもそも、まるで関係のないマーケットだと考えています。
――さらっと聞くと納得してしまいそうな解説です。
生キャラメルがヒットしたのは、島田紳助がテレビで紹介したからです。
当時、島田紳助がテレビで紹介すると100億円のマーケットができる時代でした。
100億円以下の事業プランは正直、市場性はさほど重要ではありません。
タレントが一言言うだけで100億円くらいのマーケットはできる。
市場性の有無は関係なく、何かの弾みで生まれる規模です。
では、その弾みは何か?というところが重要です。
僕はたまたま、生キャラメルを紹介した番組を見ていたのですが、島田紳助は生キャラメルを食べたあと一瞬溜めて、「これは売れるわ〜!」と言ったんです。それは「食べてみたい!」と思わせる力があるものでした。
――マーケットができた瞬間だったのですね。
絶大な人気を誇るタレントが「これは、売れるわ」とお墨付きをしたその商品は、聞き馴染みのない“生“キャラメルというものだった。 “生“は基本的に美味しい連想をさせるものですし、しかも、その価格は800円。キャラメルにしては高いけれど、手が出る価格です。「一回、買ってみよう」と思うじゃないですか。そこから、千歳空港で大行列ができていました。
――その“弾み”はどうしたら作ることができるのでしょうか?
言葉ですね。
ビジュアルも大切ですが、言葉がいちばんだと思います。言葉一つで、人の心をつかむことはできますし、言葉は弾みを生み出す力を持っています。
――木下さんが現在、マーケティング関連で注目しているトレンドを教えてください。
やはり、生成AIですね。我々もすでに、ChatGPTやMidjourneyを使いながら広告クリエイティブの制作を行なっています。もちろん、作りたい完成イメージがきちんとあり、指示をしながら活用する、という段階ではありますが。
さらにここから先、生成AIがどうなっていくのかを考えたとき、まだわかりませんが、広告の立て直しに活用されるのではないかとも思っています。
我々は広告を出しながら、その効果が頭打ちになってCPOの上限を超えたら、いったん広告を止めて作り直す、ということを行なっています。その「作り直す」工程を今、手作業で行なっているわけですが、AIに学習させて自動化できるだろう、ということです。
メディアに広告を出してダメだったクリエイティブを検証する側のAIに戻して、
例えば、「キャラクターの髪色を変える」「コピーの文言を調整する」など表現を変えた広告を出稿して…ということを繰り返していくと、データが蓄積されます。そうすれば、完全に自動化することも可能なはずです。
――よく言われることではありますが、人間が不要になります。
ちょっと怖いなとは思います。AIがすべてやるようになると、何が行なわれているのか人間がまったく把握できない状態になり、調整が効かなくなってしまう。
クリエイティブに対して高い感性をもったごく一部の人間がプロデュースをし、極めて少ない人数で、ものすごい量の広告を回していきながら、どんどん成果を上げていくとかできる、そんな世界になるのかもしれません。
――木下さんは「ブランディング」について、どのように考えていらっしゃいますか?
ブランドに関しては、我々はまだ着手しておらず、「まだわからない」というスタンスです。以前、中川政七商店の中川さんと対談をしたときに、話をしながらお互いに気づいたことがありました。それは、どのタイミングでブランディングをやるかは、Webとリアルとではまったく逆だ、ということです。
我々は、ブランディングはいい商品ができたら後づけで自然にできるものと考えています。ネットではブランドで売ることができません。ブランドイメージを上げたところで、聞いたことがない商品を売るほどの力をネットは持っていないからです。
「ブランドイメージがいいからネットで買おう」というケースは極めて少数で、ほとんどが「商品がいいから、ネットで買おう」という人たちです。そしてまた、良さそうな商品を買ってみたら同じメーカーだったというとき、初めてブランドとして認識されます。
――複数のいい商品があり、それがまとめて認知されることで「ブランド」になる。
一方で、中川政七商店さんは、商品を作る前にまずはブランド、という考え方です。まずはブランドコンセプトをしっかり固め、それに沿った商品を作るべきだというスタンスで、我々とは真逆です。
――アプローチが真逆なのは、どうしてでしょうか?
おそらくそれは、デジタルマーケティングとリアルマーケティングの違いで、コスト構造の問題です。
なぜ、ネットで商品が先になるかというと、デジタルマーケティングの広告のコスト構造は1購入あたりのコスト——いわゆるCPOは安いけれど、1認知に対するコストはとても高くなります。ブランドを認知させてからの購入だと、デジタルマーケティングでは採算が合わないのです。
一方、リアルマーケティングでは、例えば、実店舗があれば通りすがりの人の目にとまり、世界観を知ってもらうことができる。認知させるコストが安いわけです。コストが安いところでブランディングはすべきですから、デジタルマーケティングとリアルマーケティングでのアプローチが真逆になるのも当然です。
意外とこれを見誤っている人は多いように思います。ネット企業なのにブランドイメージから入ろうとするD2Cがありますが、ほとんどうまくいきません。
メーカーで、ブランディングに成功したのがAnkerです。まさに、商品から入りました。Ankerが日本に入ってきた当初、ブランド広告は一切行わず、ほぼAmazonだけで販売していました。で、気づいたら、「モバイルバッテリーもUSBケーブルもAnkerだった」という人がたくさん出てきた。これが、理想のブランディングですよ。
――木下さんにとって、マーケティングとはなんでしょう?
マーケティングとは「戦いの道具ではなく、戦いをやめる道具」だと思っています。
マーケティングというのは、お客さんが買いに来る仕組みを作っていくことです。
ターゲットを明確にして、適切なターゲットに効率的にアプローチし、自社にやってくる仕組みを全員が作ったら、棲み分けができて戦いはなくなります。
でも現状はというと、みんな、マーケティングがうまくいかず、曖昧なままやっているためお客さんが迷ってしまい、そこにコストがかかってしまっている。競合との不毛で無駄な競争があるのも、マーケティングがうまくいっていないからです。
すべての企業がマーケティングスキルを高めれば、ムダな広告を打たなくてよくなるし、ウザい広告がなくなってメディアが使いやすくなるし、メディアの滞在時間が長くなります。広告主である企業、ユーザー、ネットメディア、「三方よし」になります。
――最後に、今後の目標をお聞かせください。
会社としては、日本を代表するグローバルメーカーの一社になる。それが目標ですね。いわゆるグローバルメーカーというと、リアルの流通業界で展開する企業ばかりです。我々はWebを得意としていますから、Webで世界に広げていきたいと考えています。
あと、会社としては「日本一のWebマーケティング集団」になりたいですね。我々は広告代理店といった立ち位置ではなくメーカーです。でも、「メーカーマーケティング」という観点では、日本でいちばんWebを使いこなしている存在になりたいですね。
<Profile>
木下 勝寿氏
株式会社北の達人コーポレーション 代表取締役社長
1968年神戸生まれ。株式会社リクルートを経て、2000年、北海道特産品販売サイト「北海道・しーおー・じぇいぴー」を立ち上げる。2002年、北の達人コーポレーションの前身となる株式会社北海道シーオー・ジェイピー」を設立(2009年に商号変更)。同社は2012年に札幌証券取引所新興市場「アンビシャス」に上場し、その後、4年連続上場をし、2015年に東証一部上場。2017年には時価総額1000億円を達成。
著書に『売上最小化、利益最大化の法則──利益率29%経営の秘密』(ダイヤモンド社)、『ファンダメンタルズ×テクニカルマーケティング──Webマーケティングの成果を最大化する83の方法』(実業之日本社)、『時間最短化、成果最大化の法則─1日1話インストールする“できる人”の思考アルゴリズム』(ダイヤモンド社)
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