Marketing Demo株式会社 代表取締役 石井賢介氏
綜合商社からP&Gジャパンに転職、ファブリーズ、ジョイといったブランドマネジメントの担当として確かな結果を出してきた石井賢介氏。2020年5月末に退職して立ち上げたMarketing Demoでは、Marketing(マーケティング)を、Demonstrate(お手本を見せる)、及びDemocracy(民主化)していく活動を展開、noteに執筆した 「【1時間で分かる】P&G流マーケティングの教科書」「【45分で分かる】P&Gでも教わらないブランディングの教科書」*1)が大きな反響を呼んでいます。新世代のマーケティング理論家として注目を集める同氏に、マーケティングの極意やマーケターとして持つべき心構えについて伺いました。
――いきなり本題に入ります。石井さんにとってマーケティングとはどういう活動ですか。
顧客の課題、顧客の"Job (片付けるべき仕事)"とも言っていますが、それを発見して解決するプロセス全体のことだと思います。よりわかりやすく説明すると、顧客心理の「あったらいいな」(nice to have)から「なければならない」(must have)への変換を、あらゆる顧客接点を通じて実現する活動です。
顧客心理を変える、「perception management」といいますが、これが何なのかというと、「今はいらない」と思っている人に「欲しい」「なければならない」と思ってもらえるように働きかけることです。
――これを業務として成し遂げる人がマーケターということでしょうか。
そうですね。マーケターは、顧客の課題を見つける調査もやりますし、自分でも使ってみますし、R&Dの人間と相談もしますし、プロダクトも考えますし、消費者が製品を使っている間にどんな風に困っているかを知るようにしてコントロールもしますし、顧客と接点があるところはあらゆるところがマーケティングの対象です。単に、広告を打つとか、コンセプトを考えるだけではなく、究極的にはプロジェクトリーダー的な役割を担うものだと思います。
だから、例えば広報部とマーケティング部の活動が完全に分かれているのというのはお勧めできません。企業から出ていく活動は、すべてマーケターの視野に置いた方が良いと思います。マーケティング部として独立してしまっている場合、そこでできることってほとんどないんですよね。理想的には、マーケターがリスクを取って、P/Lに責任を取った上ですべての部署と横断的に仕事をしていくのが良いです。それは、少なくとも僕がP&Gで学んだマーケティングのあり方でした。
外資系・日系や、B2C・B2Bなどによらず、企業の~~部って、その部署に最適な行動を取りたがるものです。組織も生き物なので。唯一、マーケティングというポジションだけは顧客に最適な行動を取れる部署であるべきだと思っています。、マーケティング部というものがあってもいいんですけど、狭義のマーケティングに甘んじることなく部門横断的な活動をしていくべきだと思います。
――実際には垂直分業している企業が多いと思いますが、見ていてもどかしかったりしますか。
そういう企業とあまりお仕事をしているわけではないので、もどかしいかと問われるとそれはないです。しかし、一度“ブランド単位で数字が見られない”という企業様の話を聞いて、それは問題だなと思いました。たとえばファブリーズとして営業成績、P/L、B/S、コスト、売上、利益がつかめるのは、ファブリーズのブランドマネージャーとして「前提」のようなものだったので。ブランド単位で数字が把握できないと、対策の打ちようがありません。
P/L、B/Sというのは健康診断結果みたいなものだと思うんです。体重が何キロ、血圧がいくらとわかるから、「じゃあ、何の薬を投与しなくちゃ」と考えられる。マーケターのやることは、まさにそういう薬の投与や食事の改善ですから。
だからもし、僕がそういう会社のマーケティングコンサルティングを担当するとしたら、マーケティングそのものをコンサルティングするというよりは、マーケティング思考ができるような組織のあり方、意思決定のプロセス、数字の見方を提案することになります。構造的な問題を解決しないと前には進めません。実際に、誰もが知るような大企業からこのような依頼を頂くことも増えてきている印象です。
――日本企業で、これは見事だったと石井さんが思うマーケティングの成功事例はありますか。
ぱっと思い浮かぶのはサントリーさんのハイボールです。ハイボールって、それまであまり飲まれるお酒ではありませんでした。ウイスキーって、ハードボイルドなおじさんがバーへ行ってロックで飲むお酒というイメージだったのを、ハイボールとして訴求することで若者がカジュアルに飲むものに完全に変わりました。今やお酒を飲むといえば、一杯目はビールでも、多くの人にとっては二杯目からはハイボールで、まさにmust haveになったと思います。その舞台裏では、サントリーさんが居酒屋さんを1軒1軒回って、「ウイスキーと炭酸の割合は1対4で」「泡はあまり立てないで」と伝授してまわったそうです。あれはマーケティングとしては完璧なんじゃないかなあ。正確な数字は知らないですけど、ずっとジャパニーズウィスキーの品切れ状態が続いていることからも、かなりの売上貢献だったことは間違いないと思います。
聞いた話では、きっかけはサントリーの人が浅草に行って、若者が電気ブランのハイボールを楽しんで飲んでいるのを見たことだったとか。「浅草ではこんなに若者に楽しそうに飲まれているのに、その他の場所では飲まれないというのはどういうことなのか。これは言い方が悪い、伝え方が悪いからだけなのではないか」と。
やっぱりそういうことだと思って。マーケティングとは、自分が感じた違和感とか、「これはいけるんじゃないか」という仮説を世の中的に証明していくこと。市場調査して「ここに穴がある」とロジカルに進めたものより、自分の体験に基づいた成功例の方が多いような気がします。
――その「いけるんじゃないか」と感じるのは、ある種マーケターのセンスでしょうか。
センスというか、強烈な問題意識や感情ですね。それが生まれたときに人は動くもので、その原体験が自分にある方が強い。だから自分に近づけて考えることは重要だと思います。これはもうギャグみたいな話ですが、パンパースを担当するマネジャーは1カ月ずっとおむつをつけて、そこに実際におしっこを漏らしてみたりもします。(もちろん、人に寄ります)
僕も今、商品名は言えないですが、食品メーカーさんの仕事をしていて、テーマの食品を毎日食べています。正直、もう食べたくないレベルまで来ていますが、それでも食べています。自分がエクストリームユーザーになってみて、どう感じるのか、何がいいのかを追求するのは、市場調査で出てきた結果以上に大事にするべきだと思っています。それはセンスといえばセンスなんですけど、マーケターの担うべき努力でもあります。
話は飛びますが、米国西海岸のスタートアップなどでも、創業者が「こういうものがあったら良い」と思って製品や商品を開発した例をよく聞きます。マクロからスタートしてうまくいったことって、あまりないんじゃないでしょうか。強いパッションや感情を呼びおこすものって、普遍的に影響力があります。「こう感じるのは自分だけじゃないはず」と思うことは重要で、そこは僕も大事にしたいと思っています。
――マーケターは顧客のJobを発見すること、と石井さんはおっしゃっています。どうすれば顧客のJobを見つけられますか。
これはもう2つしか方法がなくて、自分がエクストリームユーザーになるか、エクストリームユーザーに話を聞くか、です。
――しかし、ユーザーは自分がなぜその商品を選択するのか、顧客は論理的に説明できないともおっしゃっていますよね。それなら話を聞く意味はどこにありますか。
確かに、whyを聞くことには意味がないと思います。人はロジカルに意思決定をしているわけじゃなくて感情で動いていますから。脳の中で論理的思考を担うのは前頭前野という部位なんですけど、感情を司るのは側頭葉内側の奥にある偏桃体というところです。ここで行う処理はうまく言語化できなくて、「あなたはなぜ、そのミネラルウォーターを飲んでいるのですか」と聞いても、正しい答えは得られないものなんです。「なんか好き」「すっごく嬉しい」といった心の本音は、基本的に言語化出来ないものなのです。
だから、whyは聞かないでそれ以外の4Wを聞きます。たとえばスターバックスがテーマだとしたら、「誰と行くのか」「いつ行くのか」「どの店舗に行くのか」「何をしに行くのか」。そしてその答えの中から、マーケターが顧客のJobを分析します。「恋人と行く」という回答が返ってきたとしたら、「恋人にいい格好をしたいのかな」「周りからいいカップルと思われたいのかな」といった具合に探っていくわけです。最終的に「恋人と行くのに理想の場所が欲しい」というのが顧客のJobだとなったら、カップル席を作る、カップル専用ドリンクを作るといった、Jobを解決するマーケティング施策を打っていくわけです。
――インタビュアーAさんとインタビュアーBさんでは、分析結果がまったく異なるケースもあるのでしょうか。
それは全然違うでしょう。マーケティングにただ1つの正解というのはないんです。サントリーさんのハイボールもああいう形で成功しましたが、ひょっとしたら他のアプローチもあったかもしれず、それでも成功したかもしれません。それはわかりません。
――正解はない、しかし何か施策を打たなければならないという中で、「これが顧客のJobだ。これを解決するために動こう」と判断するのは、最終的にマーケターの胆力ということになりますか。
そういう側面はあるかもしれないですね。人間が何かを欲しいと思うことってロジカルに説明しきれない領域なので、だからこそマーケティング部の人間が意思決定できる組織でなければいけないのかなと思います。
たとえばiPhoneの企画書、「タッチパネル式のPC機能が載った携帯電話を作ります」というのは、“見えていた”スティーブ・ジョブスが社長でもあったから通せたのであって、他の企業だったらなかなか通らなかったと思います。それを胆力といえば胆力でしょうね。。
感情のフレーバーが強い、いろいろなことに好奇心があるというのは、マーケターとしてけっこう重要な要素かもしれないですね。僕も引き出しが少しずつ増えていっている感じはあって、これってあの業界のあれに似てるんじゃないか、あのときのパターンが使えるんじゃないかと思えるようになりました。結局、0から1を生み出しているわけじゃなくて、1を組み合わせて3や4にするということなので、異なる業界とかいろいろなものに興味・関心を持って遊ぶように仕事をしています。
――そのほかに、マーケターに必要な資質というか、身につけた方が良い能力は何かありますか。
マーケターに必要な能力は、マーケティングができることと組織を動かすことです。施策を打つ理由をきちんと示して周囲を巻き込み、結果を出しながら「ついていこう」と思ってもらえる体制を作る。そういう意味ではリーダーシップが求められると思います。
――事業会社のマーケターという観点ではどうですか。マーケティングコンサルティング会社や広告代理店とは何か異なる視点や考え方が必要でしょうか。
「顧客が本質的に買っているものは何なのか」「自分たちはそれを提供できているのか」「顧客にとってなくてはならないものにするにはどうしたらいいのか」を考え続けることではないでしょうか。must have transitionを起こすことがマーケティングのすべてですから、そのために顧客が何を買っているかを理解しないと。顧客理解がほぼすべてだと思います。
――最後に、石井さんが今注目されているマーケティングテーマなどがあれば教えてください。
今のマーケティングって、P&Gとかユニリーバなどグローバルカンパニーで発達したもので、大企業×BtoC×マスマーケティングに最適化されているんですね。僕もP&G時代、いろいろな施策を打ったという話をしていますが、やっぱりあの会社には膨大にテレビ広告を打つ力があり、パワープレイもいとわずやって成功しているというのは事実です。
今、個人的なアジェンダとして取り組んでいるのは、BtoB、BtoCにかかわらず、マスマーケティングに頼ることなく、パブリシティや第三者の口コミなどにフォーカスして小さな企業でも使うことができるマーケティングフレームワークを作るということです。もちろん、リソースがあるならマスマーケティングを行ってもいいんですが、それに依存せずに80点、90点の結果を出せるmust have transitionモデルを構築できないかと思って。それを自分でも研究しているし、ネオマーケティングさんをはじめいろいろな企業とアライアンスを組んで実装しようとしています。スタートアップや中小企業に最適化したマーケティングフレームワークの構築で、町のパン屋さんでも世界最高峰のマーケティングができるようになる世界の実現が、僕が今描いている理想です。
*1) https://note.com/141ishii/n/na578fec5ef84
https://note.com/141ishii/n/n63313bdec009
<Profile>
石井賢介氏
Marketing Demo株式会社 代表取締役
1990年、神奈川県生まれ。東京大学農学部卒業後、住友商事に入社。グローバルなアルミニウム地金のトレーディングに従事し、主に自動車産業向けにデリバティブ取引を取り入れたヘッジスキームを提案し、長期に渡る顧客のアルミ原料の価格変動をヘッジすることに貢献。
その後、P&Gジャパンに転職。マーケティング本部にて、ファブリーズ、ジョイといったホームケアのブランドマネジメントを担当。シンガポールのアジア本社への転勤も伴い、上流となる中長期的ブランド戦略作りから、短期的なプランニングと実行、P/Lの管理まで含めた包括的なブランドマネジメントを経験。ファブリーズのブランドマネージャー時代には、ブランド始まってからのレコードとなる売り上げを達成。
世間のマーケティングへのニーズとCapabilityの大きなギャップに気づき、テクノロジーと仕組みの力でマーケティングを民主化していくMarketing Demo株式会社を創業。